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鎌倉幕府の鬼門(3) 3つの幕府所在地

 鎌倉幕府は3箇所あったということはご存知でしょうか?

 

 大蔵幕府 (おおくらばくふ)1180年?1225年(46年間)、鎌倉に入った頼朝は、新邸を大倉の地(現神奈川県鎌倉市雪ノ下3?11  清泉小学校あたり)に営み、その屋敷で政治を行いました。頼家、実朝と続き、政子の死に伴い、幕府が宇津宮辻子に移るまで幕府がありました。

 宇津(都)宮辻子幕府(うつのみやずしばくふ)1225年?1236年(12年間)、政子が亡くなった時に心機一転のため、3代執権北条康時が叔父の北条時房などと議論の末、幕府を別の場所に移すことが検討され、宇津宮辻子(現神奈川県鎌倉市小町2?16 宇都宮稲荷神社あたり)に建設され、4代将軍 藤原頼経(よりつね)がそこに移り住みました。辻子は小路のことで、若宮大路とその東側の小町大路を結ぶ小路を意味しました。
 若宮大路幕府 
1236年?1333年(98年間)、幕府は若宮大路(現神奈川県鎌倉市雪ノ下1?15 作家 大佛次郎旧居あたり)にありました。4代将軍 藤原頼経(よりつね)以後 9代将軍守邦親王までの6代の将軍が鎌倉幕府滅亡までそこで政治を行いました。

 鎌倉幕府の鬼門は源頼朝がたてた一番最初の大蔵幕府からみての鬼門ということで次回話を進めたいと思います。ちなみに頼朝は陰陽道を信仰していた逸話が結構あります。

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